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第19回 現場第一主義

 先週から今週にかけて、海外から投資家が日本企業を訪問するInvestor Relations関連の案件が集中しており、毎日数社のIR担当者と投資家との通訳をしています。IRというのは主に決算発表後に行われ、投資家や株主に対して自社の業績や来期以降の見通しを説明するとともに、投資家との質疑応答を通じて将来の投資判断の材料に必要な情報を提供するために行われる会議のことをいいます。

 7~8年前、IR通訳を始めたころと比べると、通訳を介さずに外国人投資家への説明を行う企業の数が増えてきたような気がします。通訳が必要という企業でも投資家の話す英語は何とかわかるので、自分が発言する日本語だけを英語にして欲しいという企業や、何かわからないことがあったら確認させて欲しいので会議に同席だけして欲しいというケースも増えています。

 IRの会議では、自社の業績や来期降の見通しを投資家に示すことで、自社の株を買って (または保有株を長期保有して)もらうための自社の広報活動なので、できることなら通訳経由ではなく、担当者から直接投資家に自分の言葉で説明し、自社をアピールできた方がいいわけです。そういう背景もあり、IR担当者が自分で自社をアピールしなければならないという意識が高まっているのだと思います。

 以前は外部から英語のできる人を雇い、後から自社のIRの情報を覚えてもらいIR担当者として対外国人投資家の対応をさせる企業もありましたが、最近は元々財務部や経営企画部にいて、後から英語を勉強して外国人投資家向けの会議を行っている人も増えてきました。以前の会議では通訳を必要としていたのに、今回の会議では全て英語で質疑応答をこなせるようになっていた担当者もいました。一般的に英語ができるという部類には入らない人であっても必要に迫られて業務として英語を使っていくうちに、自分の仕事で必要なことは何とか話せるようになり、また投資家からの質問のパターンにも慣れてくると不思議とIRの質疑応答にも対応できるようになるものなのです。

 とはいえ英語学習者としてみた場合には、かなり荒削りであることには変わりないので、より正確に情報を伝えていくためには、一部の文法や語彙を見直したり、発音やイントネーションといった音声面のトレーニングをしたり、ちょっと聞き間違っている場合があるためリスニングのトレーニングも必要でしょう。荒削りとはいえ外国人投資家を相手に堂々と自社の説明ができるレベルまで力を付けたということ自体は素晴らしいことです。

 ビジネス英語をやり直す場合、文法や語彙を一から学び直し、発音練習やリスニング・スピーキングといった練習を多面的に取り入れ、いろいろなビジネスシーンに対応できるように、ある意味全方位的に対応できる力を積み上げていくやり方が一般的です。英語学校に行っても基礎クラスから始まり、少しずつ難しいことを学びながらクラスのレベルを上がりながら、時間をかけて幅広い知識とスキルを身につけていきます。安定した基礎を身につけていくことは可能ですが、外国人投資家向けのIR会議ができるようになるには年単位での準備が必要になるでしょう。

 荒削り型でIR現場に放り込まれて、英語の基礎はよくわかっていないけど、自社のIR内容に関してだけは何とか対応できる英語だけを即席で学び、その後で徐々にIRから違う分野の英語の広げていくやり方とではどちらがより早くビジネス英語をマスターできるでしょうか?

 確かにビジネス英語をマスターする上で基礎力は不可欠です。何も知らないでいきなり現場に飛び込んでもうまくはいかないでしょう。ただ市販のテキストや学校の講座にせよ、基礎力と言われる部分がかなり広範囲に渡り過ぎているような気がします。こういう基礎力は、いつか必要になってくるものではありますが、今ビジネス英語を何とかしたいと思っている人が全てを知っておく必要はないものもかなり含まれています。

 「正統派の英語の勉強」と「今必要な英語のスキルの習得」とは似ているようで、実はアプローチも内容も全く違うもののように思えます。これまでの自分の授業では前者をいかにわかりやすく伝えるかに注力してきましたが、たくましくIRの会議をこなす人たちを見ていると後者をサポートする授業こそが今求められているのではと思いました。

 次の回から「今必要な英語のスキルの習得」について考えていきたいと思います。


忙しい人のためのビジネス英語道場


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プロフィール

上谷覚志

上谷覚志(かみたにかくじ)さん
大阪大学卒業後、オーストラリアのクイーンズランド大学通訳翻訳修士号とオーストラリア会議通訳者資格を同時に取得し帰国。その後IT、金融、TVショッピングの社での社内通訳を経て、現在フリーランス通訳としてIT,金融、法律を中心としたビジネス通訳として商談、セミナー等幅広い分野で活躍中。一方、予備校、通訳学校、大学でビジネス英語や通訳を20年以上教えてきのキャリアを持つ。2006 年にAccent on Communicationを設立し、通訳訓練法を使ったビジネス英語講座、TOEIC講座、通訳者養成講座を提供している。