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翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

知的好奇心を満たしてくれる翻訳は一生の仕事!


和文英訳翻訳者
カリフォルニア大学ロスアンゼルス校(U.C.L.A.)文理学部スペイン文学科卒業。
大手電機メーカーの関連会社にて技術翻訳、コンサルティング会社にてアニュアルレポートの作成・翻訳、そしてまた大手電機メーカーの関連会社にて半導体・技術・IT関係の翻訳に携わった後、フリーランス翻訳者として独立。
約21年の実務経験を持ち、現在半導体・技術・IT・コーポレート・コミュニケーションを中心に、書物の翻訳を含めて様々な翻訳・編集プロジェクトに携わっている。

再三の(いや、執拗?!)ラブコールを送った末、やっとのことでご登場いただけたNさん。端正な顔立ちをみなさんにご覧いただけないのが残念ですが、お話しいただいた内容からその片鱗が窺えるのでは、と思います。ITの英訳と言えばNさんにお願い!という安定感たっぷりの翻訳に行きつくまでのご経験をいろいろ語っていただきました。

Q. Nさんが翻訳を仕事として目指すようになった時期ときっかけを教えてください。
A. 大学を卒業する2年前の夏に日本語講座を取ったらすごく面白かったんです。私は父が日本人、母がドイツ人なのですが、興味はありつつも自分から日本語を学ぼうとしたことはそれまでなかったんですね。その講座がきっかけで日本語をもっと勉強するために1年間日本へ留学しました。それが今に至るのですが(笑)その1年間は文法や漢字などを集中的に勉強しました。
その後、契約社員として印刷会社に勤務しました。英文のチェッカーとして雇われたと思っていたのですが、実際の仕事内容は仮刷りの校正で、元の原稿がそのまま忠実に移っているかどうか確認する作業でした。「ん??英語が違う??」という箇所があっても訂正不要、というロボットのような仕事内容でモチベーションを維持するのが難しかったんです(笑)

その会社には別に翻訳部署がありましたので自分にも翻訳ができるかな?と思って休憩時間を利用してその部署とコミュニケーションをとるようにしました。
ある日、今から考えるとトライアルだったかもしれませんが(笑)そこから頼まれた翻訳をしてみると・・・・数日後には翻訳部署へ異動になりました。
そこではほとんどマニュアルの翻訳をしました。
それが私を今現在に導いた最初の「翻訳」でしたね。
1年間の契約社員だったのでその次はコンサルタント会社へ1年間派遣で行きました。そこではアニュアルレポートの作成が主な仕事でしたが、これがすごく楽しかったです。
内容の半分は翻訳、残りの半分は実際にクライアントへインタビューをし、その内容を英語でライティングしたものでした。私は5~6社担当していたのですが、ここでの経験は社会人経験の浅かった私にとっては社会勉強と翻訳を同時に学べた場所でしたね。
ここで一番実感したことは、「情報処理能力」を養うことが大変重要だということでした。お客様から膨大な情報を得、翻訳に必要な情報を選別していく訓練はかなりできました。
アニュアルレポートの繁忙期である半年間を過ぎると、すごく暇な時期がありまして、その時はクライアントでもあった、ある会社の会長の自叙伝の翻訳を担当しました。それも含めてここでの1年間は翻訳に対してずいぶんと自信がついた時期でした。
ここでは2人1組のペアを組んでお互いの翻訳をチェックしていたので非常に効率よく、翻訳者としてレベルアップすることができました。こういう会社で経験を積むことは本当にお勧めです。
そこでの1年間の契約社員を経て、次はメーカーで半導体、技術とITについての翻訳を多く経験しました。
メーカーではトライアルに合格したものの、半導体や技術についての知識は皆無でした。そんな自分でも務まるのかな?と不安だらけでしたが先方からは「大丈夫です」と(笑)
原文を作成した方と直接コミュニケーションをとりながら翻訳することができたので知識もどんどん増えていき効率良く仕事ができましたね。このメーカーには最終的に5年間勤務し、コンピューターシステムや半導体の翻訳をかなり経験しました。これが1998年ごろです。このころ、結婚と子どもの誕生をきっかけにフリーランスへ移行することを真剣に考え始めました。朝早く出勤し、夜遅く帰宅する生活だったので寝ている子どもしか見ることができなかったからです。また収入アップという意味もありましたし(笑)
ただ、いきなりフリーランスになるにはあまりに何もわからないため、まずはエージェントに登録しました。平日帰宅後や週末はエージェントからくる小さめの仕事を受け、会社では今まで通り翻訳をするという生活を1年以上続けました。それをやるうちにフリーランスでやっていける自信がつき、現在に至ります。

Q .Nさんにとって翻訳の面白さはどこですか?
A.知的好奇心が強い人間には翻訳の仕事はお勧めです。翻訳を通していろんな業界を垣間見ることができますし、世の中や企業の中で起こっていることを知るのは本当に楽しいです。

Q .印象に残った仕事があれば教えてください。
A. 特定の仕事が印象に残っているというよりも、翻訳するときに色々と調べていくうちにその内容に詳しくなっていき、最終的にいい翻訳が出来上がる、そのプロセスを味わえる喜びがいつも心に残るという感じです。この喜びは何回も経験したことがあり、きっとこれからも何度も経験できると思います。この発見のプロセスと喜びが翻訳の大きな魅力の一つであり、私にとっては毎回印象に残ることです。

Q .リフレッシュ方法はありますか?
A. 翻訳という仕事は本当に体を動かさないので(笑)やはりスポーツすることですね。
ボクシング、テニス、自転車、ウォーキングを楽しんでやっています。ボクシングやテニスの仲間とたまにハイキングと飲み会もやって楽しんでいます。忙しい日々でなかなか暇がないですが、こういう風にできるだけ体を動かして、人に会うようにしています。体を動かさない(笑)気分転換は写真撮影と読書ですね。

Q 今後の目標があれば教えてください。
A. 常日頃思っていることですが、本当にいろいろな知識を増やしていきたいです。また、自分の得意分野のITでは翻訳だけでなく、プログラミングに挑戦したいですね。それができるともっと深みのある翻訳ができると思っています。
そして、これは目標というか自分の課題なのですが、フリーランスとして営業活動を積極的にやっていかなくては、と思います。リーマンショック後、仕事が減った実感があるので安定した仕事量を確保するのは課題ですね(苦笑)

Q .これから翻訳者を目指す方へアドバイスがありましたら是非お願いします。
A .たくさんありますが(笑)5つに絞ります。
まず、ひとつめはオンサイトで経験を積むことは絶対にお勧めします。自分の興味がある分野や、好きな分野ならなおいいのではないでしょうか。また、2社以上経験することもいいと思います。フリーランスになればいやでも一人で仕事しなければいけませんから(笑)多くの会社でたくさんの社会経験を積んでおくに越したことはないですね。

2つめは、勉強することです。専門知識を深く、一般知識を広く、身につける。そして、表現力を鍛える。書く人の観点から原稿を読んでみる。英語ネイティブでも英文を書く力はまた別のスキルだと自覚しておいたほうがいいですね。

3つめは・・・これはさきほどの自分の課題でもあると言いましたが、フリーランスであればビジネスマンの要素を磨くことは絶対に必要だと思います。特に「自己をアピールする力」です。仕事は勝手に舞い込んでこないことがありますからね(笑)

4つめは横のつながり、つまりほかの翻訳者さんとコミュニケーションをとることも大切です。要は他者とのコミュニケーション力ですね。思わぬ情報を得ることができたり、仕事の依頼がきたりします。

最後は、最新の翻訳ツールなど、作業を手助けるテクノロジーにアンテナをはることだと思います。使いこなせるようになるならなおいいのですが(笑)これも私にとっては今後の目標ですね。

あげればいくつでも出てきますがこのくらいにしておきます(笑)どうかがんばってください。


~Nさんの七つ道具~
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Nさん「一つ目はREALFORCEシリーズのキーボードです。今まで9つくらい試しましたがこのキーボードが一番気に入っています。最高のキータッチ感ですし、押す場所によってキーの重さが違うんです。例えば小指で押すキーは軽くなっていて、長時間タイピングをしてもなかなか疲れません」
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Nさん「2つ目はこの『Cats Paw(猫の手)』です。穴に指を入れて、掌を開ける運動をするものです。タイピングはどちらかというと掌を閉じる運動なのでこれをやると手のストレッチになります。翻訳の仕事をしているとタイピングのし過ぎで手首を痛める人が多いですよ。簡単に言えば腱鞘炎ですね。これはそれを緩和するために使います。私も一時期ちょっとだけ手首が痛かったんです。その時に毎日これを使ったら痛みがなくなりました」

3スマイル.jpgNさん
Nさん「3つ目はポストイットです。紙原稿を翻訳する際、文章が沢山並んでいると自分が今どこにいるか分からなくなります。そういう時は翻訳している所にポストイットを貼って、翻訳が終わったら1文ずつポストイットをずらしていきます。そうすると画面を見て原稿に戻ったときに、自分がどこの翻訳をしていたのかがすぐに分かります。探す時間のロスが減らせますし訳抜けも防げます。
あとは仕事のペースを掴むために、一時間で出来る文量毎にポストイットを貼っていきます。ポストイットには目標とする時間と実際に完了した時間を書いていきます。上手くいったときや、時間がかかったときは写真のようにマークを印します。それを机に貼っていくと一日にどれくらい翻訳することが出来たのかを『見える化』することが出来ます」
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Nさん「4つ目はマーカー&ペンです。マーカーは文章中に出てくる括弧を色別でハイライトすることで効率アップを図ります。ペンも、1つの文章ごとにアンダーラインを引きます。そうすると、どこで文章が終わるのか把握しやすいです」

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Nさん「5つ目は『Dual Monitor』です。これが私の職場ですがこのように画面が2台あります。翻訳するときは、原文はここ、辞書はここ、インターネットはここ、メールはここ、他の参考資料はここ、と位置が決まっています。そうするとすべてが見えるのでポンっとクリックするだけで出てくるので、それがかなりの時間短縮になりますよ。最初、翻訳をしていた時はノートパソコンでしたけど、今はもう戻れないです。
6つ目は原稿台です。これ便利なんですけど、前の会社にいたときは誰も使っていなくて、それが不思議でした。角度も高さも調整できるので首をひねることもないし、原稿を見やすく出来て効率アップにもつながりますね。
最後はiPadです。稀ですが、私が愛用しているブラウザーのせいかPCで見られないサイトがあったときにiPadだと見ることができる場合があります。あとは今2つPCの画面を使っているけれど、もう1つ画面が欲しいって時に写真のようにiPadを配置して使っています。あとはいろいろアプリを使っています。例えば仕事をしている時にいろいろ調べますよね。そこで面白そうな記事を見つけた時に「もっと読みたい、だけど今は時間が無い」という時に「Instapaper」というアプリを使っています。面白い記事を見つけた時はPCのブラウザでInstapaperに保存すると、その記事はiPadやiPhoneでも見ることが出来るので、あとで好きな時間にゆっくりと読むことが出来ます。翻訳者にとっても良いアプリだと思いますよ。あとは辞書とか使っています。PC版がないものもあってたいていお値段が安いのでお勧めです」


編集後記
穏やかな口調で、ひとつひとつ丁寧にこちらの質問にお答えする様子はいつもいただく翻訳内容さながら、でした。翻訳者になるとは夢にも思っていなかったそうですが、その言葉とは裏腹に、翻訳に対しての想いや貪欲なまでの向上心は聞いているこちらにはすごく伝わってきました!これからもよろしくお願いします。


Vol.45 ~金融分野の翻訳を極めたい~


土川裕子 Yuko Tsuchikawa

英語・スペイン語翻訳者
愛知県立大学外国語学部スペイン科卒業。
英文テクニカルライターとして輸出車用自動車の取扱説明書作成に携わった後、スペイン語・英語のフリーランス翻訳者として独立。
経済・金融翻訳を中心に約17年の実務経験を持ち、通信翻訳講座講師、翻訳セミナー講師等歴任する。共著に『スペイン語経済ビジネス用語辞典』(カシオ EX-word XD-D7500搭載)がある。

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弊社に登録して間もない土川さんに、年に数回東京にいらっしゃるというタイミングをつかまえてインタビューの申し入れをすると「いいですよ」と快諾!していただきました。
翻訳仲間と発行されているメルマガを読んで絶対に楽しいやろな~とすごく期待していたのですが案の定、それを絶対に裏切らなかった(笑)笑いにつつまれたインタビューになりました。

Q 土川さんが語学と深く関わるようになったきっかけは何ですか?

A 英語の「音」がきっかけです。
中学生のときに英語の授業で教科書を朗読するカセットテープを聞いて「音がかっこいい!」と感じたのがきっかけです。スペイン語も音がきっかけです。昔、NHK-FMで「世界の音楽」だったかな、そんなラジオ番組で南米の音楽を聞いたのがきっかけでした。主に好きだったのはサンバなのですが、ブラジルだからポルトガル語でしょ。でも当時はスペイン語だと思い込んでいましたので(笑)。それで「よし!スペイン語やろう!」と強く惹かれていきました。結局勘違いだったわけですが、スペインのギターも好きだったから、いいんです(笑)。

高校生の頃には大学ではスペイン科へ行こうと決めていました。でも、翻訳するほどにまで深くかかわるきっかけが何だったかは記憶がないんです。

大学時代はスペイン語で演劇をやっていました。そのときに「自分の作品を人に見せる」ということを意識し始めたように思います。翻訳も最終的には「人に見せる」ものを作る仕事ですから、自意識過剰とかそういうことではなくて(笑)、「人の視線を気にしてモノを書く」ことの基本を知らず知らず身に付けたのかなと思います。いま、翻訳者仲間と組んでスペイン語翻訳のメルマガを発行していますが、あれもすごく役に立っています。翻訳者の方にはお勧めです(笑)。原文に縛られずに日本語を書けるので、自分の本当の日本語力を確認できますし、人の目を気にしながら書くという意味でも訓練できます。

それで、とにかく英語の音が好きでしたので・・・洋楽は黄金の80年代ど真ん中世代で、たくさん聴いて、一緒に歌っていましたし、あとセサミストリート(笑)あれも大好きでした。
(ここで同世代がゆえ、ビリー・ジョエルの思い出の曲が話題にあがったのですが・・・・肝心の曲名を誰も思い出せず、翌日全てを思いだした土川さんからYouTubeとともにメルマガさながらの爆笑メールが届きました!)
セサミストリートを録音して、大好きな箇所をつないで延々と聴いていましたね。それを聴いて情感たっぷりに真似て声に出していました。アーニーとバートの一人二役とか(笑)。今思えば我流のシャドウィングですね(笑)でもあれで、英語のリズムが身体に染み込んだのかなあと思います。翻訳でリズムって必要?と思うかもしれませんけれど、スペイン語等に比べると、英語は特にリズム感で感覚的に理解するところが大きいように感じます。いまでも、どうしても理解不能なところは何度も声に出して読んで、著者の意図を探ったりします。わかるかどうかは別ですが(笑)。

中学高校時代はそんな感じで英語に触れ、大学時代はスペイン語にどっぷりつかっていました。一年生の頃は意味もわからないのに脚本を覚えて、演劇なので当然ながら身振り手振りを加えて(笑)でもあれもスペイン語の基礎を固めるには役に立ったかなと思います。

卒業後に入社した会社では英語のマニュアルの制作をしましていた。英語以外にも得るものがすごく多くて、編集者目線で仕事をするという姿勢が身につき、今でもその時の経験がすごく役にたっていますね。3年くらい勤めて辞めてしまったのですが、少しもったいなかったな、という気もしています。でも、時に月間120時間の残業もある激務だったので・・・(笑)。この頃にはもう自分は翻訳をやっていこう!と決めていました。

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退職後は、スペイン語の講座を4〜5年受けて、その後、通信講座の講師や翻訳のお仕事を少しずついただくようになり、1999年にスペイン語の辞書を作成するという大きなプロジェクトに加わりました。結局その辞書の仕事に6年ほど従事しました。何もないところからの地道な仕事で、朝から晩まで辞書漬けの日々。苦労をすぐに忘れる人なので、記憶はすでにおぼろですが(笑)。

それが終わったときに今後の自分の進路を改めて考えました。スペイン語の辞書は作ったものの(笑)、スペイン語翻訳の需要というのはやはり少ないんですね。そう考えたときにやはり英語もやるべきなのかな、と。もともとどちらの言葉も大好きですし。それと、辞書の仕事をしたことによって金融分野に特に興味が向いたので、それ以来まっしぐらです(笑)。

最初、ビジネス英語の講座をやってみたのですが・・・経済辞書は作っても、そんな広く浅すぎる知識では金融の専門翻訳ではまったく歯が立たないことがわかり(笑)、2年かけて証券アナリストの資格をとりました。資格取得はそこそこ大変で、これまたすでに記憶はおぼろなのですが、お金と時間がかかったことは確かです(笑)。金融翻訳をするのにアナリストの資格が絶対必要というわけではありませんが、資格をとる過程で得た知識は本当に役に立つので、迷っている方にはお勧めしたいです。

Q 土川さんにとって翻訳の面白いところはどこですか。

A まず・・・私自身は何でも楽しい人なので、どこと言われても困るのですが(笑)。ありきたりかも知れませんが、やはりあぁでもない、こうでもない、と訳を考えているときですね。ぴたっとくる訳文を考え出したときは、「これでしょこれ!!」と大声あげてしまいます(笑)。

原文の内容ということで言えば、英語とスペイン語を比較してみても、同じ事件や問題を扱っているのに、その問題にあてている焦点が全然違うことが面白いですね。言語によってまったく違う見出しがついていたり、なんでこの内容でこのリード文???と驚かされたり(笑)。結論がそれですか?みたいな。辞書を作ったときに、スペイン語、英語、日本語のありとあらゆる文章をほんとにたくさん読んだがゆえの話かもしれません。そうそう、辞書を作るときは大量の原文を読まざるをえないので、これまた翻訳者の方にはお勧めです(笑)。

Q 印象に残った仕事を教えてください。

常に今やっている最新の仕事でしょうか。その時々の仕事がどれも印象に残ります。

Q リフレッシュ方法はありますか。

A 今はちょっとした豪雪地帯に住んでいるので(笑)インドアでのリフレッシュ方法が主です。でも、天文関係者の夫も私も皆既日食を見るのが大好きでして(笑)新婚旅行で行ったメキシコで皆既日食を見ました、というか・・・・それにあわせて式を挙げて旅行したと言ったほうがいいかもしれません(笑)。今まで5回ほど皆既日食を見に行ってますが、もう止められなくて。地球上の行きやすい場所で見られるとは限らず、これまたお金がかかるので、そのために仕事しているようなものかもしれません(笑)。

あとはなにせ田舎に住んでいますので(笑)年3〜4回の上京でリフレッシュしています。都会の人とは逆に、満員電車を珍しがったりして、それがリフレッシュになったりするんですよ(笑)。

Q 土川さんの今後の目標を聞かせてください。

Aやはり金融分野を極めたいですね。金融の専門家じゃないと翻訳できないよ、といわれるものを訳していきたいです。

仕事以外ですと、宇宙に行くことかな(笑)家なんかいらないから宇宙に行きたいですね。家1軒買うなら宇宙2回行けるかな、と(笑)。

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Q フリーランス翻訳者を目指している方へアドバイスをお願いします。

Aまず、ここまででだいたいおわかりと思いますが、辞書の制作を除けば私は特別なことは何もしていなくて、自分で言うものなんですが、純粋培養です(笑)。留学しなきゃだめかとか、仕事で海外に行ったことがないとだめかとか、そういう疑問をよく聞きますけれど、そんなことはまったくない!と断言できます。そういう経歴がなくていまいちいじいじしている方も(笑)、ぜひがんばってください。あ、あと、ど田舎暮らしでもいまはまったく関係ありません(笑)。

それから、以前、通信講座の講師をしていたときから感じていたことがあります。それは自分をみくびらないでほしいということです。十分実力が備わっているのに、「いや自分なんてまだまだです・・・・」という言葉を聞くと、じつに歯がゆいです。もうあと一歩踏み出せば立派な翻訳者になれるのに、と思います。もっと自分に自信を持って、「質の高い努力」と言いますか、もっと上の目標を目指してほしいなと。あとは経験だけ積めばいいのに、なぜか積まずに(苦笑)「永遠の学習者」になってしまう人がいます。自ら一歩踏み出せば、プロとの距離はグッと縮まります。それは誰かに背中を押してもらうのを待つのではなく、自分でやらなければいけないことだと思います。思い切って一歩踏み出してください。


Vol.44 アフリカの本当の姿を多くの人に知ってもらいたい

宇野みどり Midori Uno

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スワヒリ語翻訳・通訳者、法廷通訳、大学講師
青年海外協力隊タンザニア初代隊員として任地に赴任。
その後NHKラジオジャパン・スワヒリ語、翻訳・アナウンスに長年従事
日本初の日本語―スワヒリ語の辞書を作成、スワヒリ語―日本語辞書と共に出版。
「タンザニアのママたち」など著書多数。

大使館でご紹介いただいたことがきっかけで弊社からもお仕事を依頼するようになったスワヒリ語の第一人者、宇野みどりさん。
いつもご多忙な方でメールでしかやりとりをしたことがなかったのですが「スワヒリ語のことしか話せませんがそれでもよければ」とインタビューを快諾していただきました。こんな機会は滅多にないので「なんでスワヒリ語???」「スワヒリ語って何???」とストレートな質問をたくさんぶつけてみました!

Q. 宇野さんがスワヒリ語と深くかかわるようになった時期ときっかけを教えてください。

1967年,青年海外協力隊に参加したことがきっかけです。
小学生の時から両親の影響でボランティアに興味がありました。ガールスカウト隊員やボーイスカウト年少隊リーダーとして、在日アメリカのスカウトとの交流を持ったりしていた頃、時のJ.F. ケネデ・アメリカ大統領が平和部隊を始め、「日本にもそんなのができたらいいな」と思っていた時に新聞で、青年海外協力隊がタンザニア派遣の洋裁隊員を募集していることを知り、洋裁を教えていた私はすぐに応募しました。
採用後の派遣前訓練では、英語のほかタンザニアの国語・スワヒリ語をNHKラジオジャパンのスワヒリ語放送担当者から1週間教えていただきました。
それが私とスワヒリ語との最初の出会いでした。でも出発時期が予定より3ヶ月も延びてしまい、その期間独学でスワヒリ語の勉強を続けました。今振り返るとそのときの独学がすごく役に立ったのかもしれません。
タンザニアは英国植民地だったので、授業は英語でよいと言われていたのですが、生徒は一般家庭の主婦たちだったので,英語があまり分らず通訳の助手がついてくれました(笑)
でも現地の人たちと親しくコミュニケーションが取りたいという気持ちが強くなり、昼間は仕事なので、夜に2年間、大学の外国人向けスワヒリ語コースに通い勉強しました。

帰国後はNHKラジオジャパンでスワヒリ語の翻訳、アナウンス、DJなど何役もこなす職に就き、結局それを20年以上続けました。ニュースを始め、色々な番組ではあらゆる分野の内容を扱いましたので、本当にたくさんのボキャブラリーが身につきました。
そんな時、大学のスワヒリ語のスピーチコンテスト審査員を頼まれ、NHKのケニアやタンザニア人招聘アナウンサーと一緒に審査員を務め、そんなことから大学で教鞭をとることになったのです。
こうやって話してみるとずっとスワヒリ語と関わってきていますね(笑)


Q.スワヒリ語翻訳通訳の仕事の面白さについて教えてください。

"あなたにしかできない"、と私を頼ってこられる人や現場との出逢いでしょうか。
昨年の3月、皇太子殿下ケニア御訪問の際、"スピーチをスワヒリ語で"との殿下のご要望で外務省からご連絡頂き、東宮御所で御進講させていただきました。歓迎会での殿下の御立派なスピーチは大好評だった、との現地の新聞報道や日本のTVニュースを見て、大変うれしく思いました。
また、これは翻訳通訳の仕事とは直接関係ないのですが、BBCやドイツ連邦国際放送局のような海外メディアからスワヒリ語での電話でインタビューされることがあります。時差があるので夜中に電話がかかってきて(苦笑)例えば日本の地震やオバマ大統領の選挙戦時代と当選後に、彼のルーツのこともあり私のコメントがほしい、というようなことです(笑)夜中にたたき起こされてすぐに頭が働くわけがないのに、ね! 今年の地震の時など、アメリカ在住の地震学者、日本在住のケニア人タンザニア人、そして私の4人とアナウンサーで一時間も電話回線を使ったパネルディスカッションもやり、それに東アフリカの聴取者からの質問も入り、面白かったです。でもその番組を聴いたという、海外の友達からの連絡もあり、こんな経験ができるのはスワヒリ語ならではの醍醐味でしょうか。

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Q. これまでに一番印象に残ったお仕事をお聞かせいただけますか?

たくさんあり過ぎて何を話そうか迷いますね(笑)
2006年のことですが、タンザニアのキクウェテ大統領ご夫妻が来日の折、ご夫人の通訳をしました。動物園その他一日中あちこち回り、最後に非公式ディナーに同行しました。主催者はある財団だったのですが、当時の扇千景衆議院議長やNHK局長その他、そうそうたる顔ぶれの中で、大統領夫人の自国での女性のための活動の話になったとき、主催者が感激し、その場でポンッ!!!と寄付金を下さるとおっしゃり(笑)横で通訳をしていた私は思わずゼロの数を数え直しましたね(笑)まぁそれはそれはものすごい額でした。あの時は本当に驚きましたし、すごくインパクトがあった現場でした(笑)

他にもノーベル賞や「MOTTAINAI」で一躍有名になられた故マータイ博士の通訳を大パーティでした時のことです。ケニア人は公の席では英語を話す方が多いので、原稿を頂いたわけでもないので、当日お会いするなりスワヒリ語でとお願いしたら、キクユ語で話し ましょうか?などと冗談を言われていたのですが、ケニア大使が開会スピーチを英語でなさった!(苦笑)続いたマータイ博士も英語で長い長いスピーチを始め、結局私は英語の通訳をする羽目になってしまいました(笑)その時は「あー嫌だ、やりたくない」、と思ってもその場から逃げられない。仕方がない。やりましたよ。
ま、そういうことはよくあるのですが(笑)その後の来賓、日本人のスピーチはスワヒリ語に訳せばよかったので本当に気楽でした。

(これ以外にも本当にびっくりするような面白い話、逆に悲しい辛い話など本当にたくさんたくさんお話いただいたのです!!全部書きたいのですがオフレコも多いのもまた事実でして(笑)一貫して宇野さんの懐の深さを感じるものばかりでした。)

Q. お仕事の合間のリフレッシュ方法などはありますか?

大学で教えたり、夜に語学学校で社会人を教えたり、法廷裁判、TVや映画の翻訳もあり、
いただくお仕事の内容が毎回毎回違うのでそのたびにリフレッシュできているんですよ(笑)でも、仕事がリフレッシュなんて回答にならないですね(笑)
だからやはり旅行です。世界のあちこちに親戚や親しい友人たちが沢山いますし、タイ人やタンザニア人の結婚式にも招待されたりし「いらっしゃいよ!」と誘われると「あら、楽しそう!」と思ってつい海外でも行ってしまいますね(笑)
あとは、外務省で外交官にスワヒリ語を教えているので、他言語の外国人の先生方とのお付き合いや、ホームパーティは本当に楽しくて大好きな時間です。又東アフリカ各国外交官のご自宅に招かれ御馳走になるアフリカ料理もとても美味しく、楽しいひと時です。

Q.宇野さんの今後の目標などをお聞かせください。

やっぱりアフリカのことを、アフリカの本当の姿や文化を一人でも多くの日本人にもっともっと伝えていくことです。スワヒリ語の文法書や民話の絵本なども出版していますが、アフリカの現状はまだあまり知られていないので、話すだけでなく、本も出したいです。

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(宇野さんの著書の数々をズラッと並べさせていただきました)

Q.長年翻訳通訳をなさっている宇野さんから翻訳通訳者を目指している方に向けてのメッセージ・アドバイスを是非お願いいたします。

仕事をやるからには、引き受けるからには「きちんとした翻訳通訳」をするべきだと思います。分らないことはごまかさず、言い訳はしないことも必要ですね。
そして、これはラジオ放送の仕事を長くしていたので特に思うことなのですが、「わかりやすい、美しい、簡単」な日本語を使うことです。
他の人の通訳を聞くこともすごく勉強になりますね。でも何より上辺だけでなく「心のこもった通訳をする」ことが一番大事だと思います。
最後はやはり・・・・翻訳通訳の両方に通じることですが、一般教養や世界情勢は常に勉強し、それに加え、その言語の国のバックグラウンドをよく勉強することが必要だと思います。それでなければ正しい翻訳はできません。そして何より美しい日本語を忘れてはいけないと思います。


Vol.43 女性が元気になる翻訳本をもっと世の中に送り出したい

森田由美 Yumi Morita

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英日フリーランス翻訳者
東京在住。
京都大学卒業。

数多くのビジネス文書、実用書の出版翻訳を手がける森田さん。弊社では医療分野の単発の依頼ではいつも頼りになる存在です。
電話ではいつも柔らかい声でご対応いただくのですが、声とは裏腹にいつもスケジュールはパンパン!そのバイタリティはどこからきているのか色々お伺いしました。

Q 森田さんが英語と深くかかわるようになったきっかけを教えてください。

A 子供のころ、2~3歳はアメリカにいたのですが当然ながらまったく覚えていないんです。その後は普通に小中高と日本の学校に行きました。
ですから英語と深くかかわるきっかけといえばやはり大学に入ってからですね。海外旅行に行ったときに「話してみると意外に英語が通じる」という体験をしまして、と言っても税関でパスポートを提示するときだったりショッピングのときに話すといったレベルですが、それがすごく面白くて帰国してすぐに英会話学校に行きました(笑)その翌年には短期ですが2ヶ月留学をしました。大きな転機は留学先のイギリスから日本への帰りでした。フライト時間が15時間もあったのですが日本から持参した本はすべて読んでしまっていたので空港で当時出ていたカズオイシグロの「The Remains of the Day」を買いました。原書なんか読めるわけがない、と思っていたのにこれがスルスル読めたんですね(笑)
それがきっかけでいろいろな原書を読むようになって、やがて「これを日本語にしたい!」という思いが芽生えたんです。でも、そう思ったときはすでにまったく違う分野の会社に就職が決まっていたので一度は会社勤めをしてみよう、と思いながら並行して英語の勉強は続けていました。好きな原書を読んだり、英会話学校に行ったり、翻訳の通信添削を受講したりしながら会社勤めを5年ほどしました。そして、やっぱり会社勤めは向いていないな~、やっぱり英語にかかわる仕事がしたいと思い(笑)方向転換を図ったんです。派遣会社に登録してほどなく外資の製薬系の会社での翻訳の仕事が決まりました。
         
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Q その会社での経験はどうでしたか。

A 大変でした(笑)製薬会社だったので覚えること、教わることがたくさんありました。医薬系をもともと希望していたわけではなく、むしろ勤務地は新宿希望です、とかそんな感じでしたので(笑)
でも、オンサイトでの翻訳は本当にいい経験になっています。今まで勉強としてしか翻訳をやってこなかったので学ぶことが本当にたくさんありました。
でも、その会社が合併して新しい会社になったときに翻訳の仕事が少なくなったり、第一子を妊娠していたので自然と在宅翻訳での仕事を探すことになったんです。

フリーになったきっかけはすごく古い話なのであまり覚えてはいないのですが派遣先から在宅で翻訳するなら仕事紹介するよ、と言っていただいたりしました。きっといろいろなところで在宅翻訳をしたいと言い回っていたのかもしれないですね。
今は数社登録しており、医薬専門の1社と幅広くいろいろな分野の翻訳を請け負っている1社がメインでしょうか。

Q 森田さんにとって翻訳の面白さはどこにありますか。

A いただける仕事の内容によっていろいろな知識が得られることが面白いです。
分野を絞ってお仕事される方もいらっしゃいますが、幸か不幸か私はそういうタイプではなくいろいろな内容を幅広くやってきましたので(笑)今自分で得意にしているのが、児童虐待、精神疾患、ビジネス書、育児書、御社でのお仕事ですとまったく見たこともない(笑)新しい医療機器もそうですね。
でも、新しい医療機器を得意分野にしている人なんてそうそういないと思いますけど、最初は大変ですがそこをがんばっておくと続いて同じようなお仕事をいただけるので最初にがんばって身につけた知識が役に立ちますね。日々勉強ですね、ほんとうに。
単発のお仕事と出版翻訳は納品後の爽快感が違うので(笑)それぞれに魅力がありますね。短距離走と長距離走のような違いとでも言うのでしょうか。
あとは私自身が文章を書くのが好きですのでやはり日本語の表現を考えるのは楽しいですね。

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↑ 森田さんが最近翻訳された2冊。

Q 失敗談があれば教えてください。

A 一番記憶に残っているのは3年前なのですが(苦笑)
納期に遅れたことは一度もないのですが、短い契約書だったのですが・・・・クライアントさんの社名が1箇所だけ出てきたのですがその社名を間違えてしまったことですね。しかもその間違って訳した社名が同業者でしかも犬猿の仲だったようで・・・・・お叱りを受けました。いまだに忘れられない失敗談ですね。固有名詞は本当に気をつけないといけないですね!!

Q リフレッシュ方法はありますか。

A 一日中仕事で座りっぱなしは無理なので、わざと外出する用事を作ることですね。仕事の合間に銀行に行ったり(笑)、買い物に行ったりするような日常の用事をわざと休憩として入れます。4月から8月はたいていそんな感じですね(笑)子どもが小さいので夏場は家事の合間に仕事をする、という感じです。11月から2月の年度末は「死のロード」が待っていますので(笑)上半期はリフレッシュ期間でしょうか。
あとは週末や時間ができたときは好きなピアノを弾いています。本当はスポーツとかできたらいいんですけど(笑)
私が勝手に思うには翻訳者は脳の中の言語を司る領域を頻繁に使っていると思うので仕事をしていないときは言葉を使わないことをやったほうがいいのかな~と思っています。

Q 今後の目標を教えてください。

A 今までもそうですが、これからも女性が読んで元気になれる実用書や啓発書をもっともっと翻訳していきたいです。読んだ後の感想などを聞くと本当にやりがいを感じます。

Q 翻訳者を目指している方へアドバイスやメッセージをいただけますか。

A 翻訳以外にできることを増やしてみてはどうかな、と思います。翻訳者だから翻訳はできて当たり前だと思うのです。私より翻訳が上手な人はたくさんいると思います。でも「この人に頼んでみたい」と思ってもらえる翻訳以外の何かを持っていることは大事だなと思います。
2つ目は、スキル的なことではないですがニッチでもいいので専門的な知識を突出して持っておくことです。その知識がいつどこで翻訳をするうえで役に立つかわからないからです。翻訳は「これ誰に頼もう???!!」という内容が本当に発生するので(笑)いろいろな引き出しを持っておくことは本当に大切ですね。(とこの後みんなでマニアックな依頼内容で延々盛上がってしまいました!)

編集後記
「こんな話面白いですか?」と何度もこちらを気遣っていただきましたが爆笑の連続のインタビューでした(笑)2人のお子さんを育てながらの翻訳業は本当に大変だと思うのですがどちらもすごく楽しんでバランスをとってやってらっしゃるのが伝わってきました。そしてそれをさらっと話される森田さん。只者ではない「癒し系」を感じました(笑)これからもどうぞよろしくお願いいたします!



Vol.42 No 翻訳 No Life !


中込幸子 Sachiko Nakagome

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大阪出身、東京都在住。
同志社大学文学部卒
金融、経済、CSRなどを中心に活躍中の日英フリーランス翻訳者。

いつ連絡してもお忙しそうな中込さん。電話の向こうから聞こえてくる声はいつも明るくパワフルでいつも元気をもらっています。テレビ局のディレクター、記者を経て翻訳者になられたのでどんな方か興味津々でした。こちらの想像をはるかに超えるエピソード満載で爆笑に次ぐ爆笑のインタビューでした!


Q 中込さんが英語と深くかかわるようになったきっかけと時期を教えてください。

A 父の仕事の関係で6歳から中学1年生までカナダとアメリカで過ごしましたので、英語を話さざるをえない環境におかれてしまいました。なので、小さいときから母の通訳をしていましたので通訳者としてスタートは8歳です、とジョークでよく言っています(笑)
高校、大学は日本で過ごしましたがそのころから英語を教えるアルバイトをしていました。ですので、英語と日本語の両方の言語が日常に存在するのが当たり前でした。でも、もともと翻訳者を目指していたわけではなかったんですよ。子どものころテレビで見たCNNのアンカーマンがかっこよくてアンカーマンになりたいと思っていました(笑)その後はディレクターになりたくて。高校生の時にソ連やベルリンの壁が崩壊したのを見て、「これを現場で見たい!」と思ってレポーターやディレクターになりたいとすごく憧れていました。とにかくマスコミ関係に行きたかったですね。だから大学も新聞学科を選び、就職活動もマスコミ関係に絞りました。幸い、朝日放送とNHKの関連団体から内定を頂き、大阪と東京の2つの選択肢があったので東京のほうが絶対に英語の仕事がある!と思ってNHKの関連団体に就職しました。
希望していた世界に入ったものの、テレビの世界は映像中心で、映像が面白いかどうかでニュースとして報道するかどうかの価値判断が決まるようなそんなことが自分には違和感がありました。私は人種差別とか、女性差別とか映像になりにくいテーマをもっと取材したかったのでそのうち「活字のほうに行きたい」と思う気持ちが強くなりました。
それで、東京中の英字新聞を発行しているところに片っ端から電話をかけました(笑)見事にすべて門前払いをくらいましたよ(笑)27歳でしたので年齢でまずNGでした(笑)全部に電話をかけたつもりだったのですが、そういえばどこか残ってなかったかな?と思っていたら友人が朝日イブニングニュースを教えてくれたんです。それで104で電話番号を調べて朝日新聞の代表番号に電話しました(笑)英文記者になりたいんですと電話で伝えたら、記者は募集していないけど翻訳者は募集していますよ、と。そのとき朝日新聞に入れるならとりあえずは翻訳者として雇ってもらえるなら、とすぐに決めました。すごくラッキーでしたね(笑)
電話をとった担当者がとにかく翻訳者がいなくて困っているから助けて~!という状態でしたので。その方が電話をとったので朝日新聞で仕事ができたようなものですが(笑)それでその方宛に履歴書と翻訳のサンプルを送るように言われました。サンプルを見て編集長に気に入ってもらえ、過去の職歴もちょうどよかったみたいで、それですぐに採用が決まりました。1年間朝日新聞で翻訳者として社内で勤務した後、1999年にニューヨークへ(他の仕事の関係で)
渡り、フリーランス契約で朝日新聞と日経新聞の翻訳をしましたね。そのときの人とのつながりで現在も朝日新聞とNHKから定期的に翻訳のお仕事をいただいています。
今こうやって話してみると英語とはずっと深くかかわって、ずっと英語の勉強をしているような気がします(笑)でも、やっぱり翻訳者としてのスタートは飛び込み電話で決まった朝日新聞ですね(笑)

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よく「帰国子女は努力せずに英語が身に着いた」「できて当たり前」って言われますが(笑)中学1年で帰国しましたので英語力は中学1年レベルの語彙力と知識しかなかったんです。よく考えると当たり前ですよね。だから学年があがるにつれて英語力もあげようと思ったらやっぱり努力するしかないと思います。私はそのころから「将来は絶対にアメリカで仕事をする」と決めていましたので英語は勉強しましたね。中学1年生のときに英検2級に合格して、(私)が高校一年になるまで準1級はなかったので中学1年からずっと英検1級の勉強をしていたのですが、高校1年生で1度落ちました(笑)2年生のときの2度目の試験で1級受かったんです。(中込さんはこのときに英検1級合格と優良賞をもらっています)学校の勉強よりも英検に受かるために英語の勉強ばかりして親には叱られましたね(笑)

Q 翻訳の面白さはどんなところにありますか。

やっぱり「どんぴしゃ!!!!」のぴったりはまる表現が出てきたときですね。これだ!みたいな(笑)出てこないときは諦めて寝ます(笑)
もうひとつは、新聞記事や放送原稿は直訳というよりはストーリーを伝えなおすという作業が私に求められているので、それはやはり各言語特有の表現を使用しないと全体がきちんと伝わらないと思います。日本語だと体言止めが多いんですが、それをそのまま英語にするとしっくりこない。今、私はスポーツ記事担当なのですが、スポーツ記事特有の言い回しを使って、補足情報も入れながら、始まりと終わりで何かしらインパクトを持たせる、などそういった作業が本当に楽しいですね。
私自身、翻訳よりも翻訳した内容をリライトするほうが好きですね。もともとは記者志望だったからかも知れません。
あとは、知らないことを知る楽しさが翻訳にはあります。過去にとある旧ソビエト連邦の国の会計士学校の報告書の翻訳のお仕事をいただきました(笑)すごくマニアックな内容だな~と思いながらその国の会計士の実態を知ったり(笑)そんな知識今後の人生において何に役立つかはまったくわかりませんが(笑)気づけば楽しく翻訳していましたね。ただ日本語を英語に置き換えるという作業をするのではなく、調べて知っていく楽しさがある内容のお仕事は大好きです。

Q 失敗談があれば聞かせてください。

翻訳すること自体が大好きなのか、ついつい仕事を入れすぎてしまうことでしょうか。それで体を壊してしまったので(苦笑)体調と翻訳への思いのバランスを取るそのさじ加減がわかっているはずなのですが、その加減を気にせずにどんどん入れることは・・・・気をつけないと!と思います。

Q 中込さんにとってのリフレッシュ方法は何ですか。

整形外科通いと・・・・・カラオケです(笑)
80'sとか90'sの洋楽です!(ここで聞き手も俄然盛り上がってしまいました)
言い訳ですが・・・・カラオケは有酸素運動なんですよ(笑)
マイケルジャクソンは50曲以上のレパートリーがあります!!
あとはYouTubeを見るのが好きですね。何時間も見てしまいます。これはリフレッシュというよりは中毒かもしれませんね(笑)

Q 今後の目標を聞かせてください。

翻訳の専門分野を増やしたいですね。
環境の分野、CSR関連の翻訳をもっと勉強してみたいですね。現在いただいているNHKのお仕事も4本のうち2本は環境関連の番組なので実績をもっとつんでいきたいです。
翻訳家としてというよりも何かの専門家になりたいと思っています。
今教育学の修士号を取得中なんです。今、テンプル大学のTESOLの修士号、英語教授法というのを勉強中です。
それを取得して大学で教えてみたいなとも思っています。翻訳者というだけでなく、教育学や言語学の専門家として仕事をやってみたいなと。
あとは、個人情報保護士認定試験を受けてみたいと考えています。私、きっと資格お宅かもしれないですね。

Q 最後に翻訳者を目指している人たちへメッセージやアドバイスをお願いします。

いくつかあります。まずは、マニアックな専門分野を持つことです。競争が激しい業界ですから需要と供給を考えると他の人がやっていなさそうな分野を専門的にすることでまずエージェントへ登録するときに印象に残ります。「こんな専門分野いつ使うの?」と相手に思われても印象に残るじゃないですか。そして、本当にそんな分野の仕事がきたら絶対自分に声がかかると思います。私・・・・・STAR WARSの大ファンなんですよ。ファン大会にも行くし、衣装もたくさん持っているくらい(笑)マニアですね。もし、STAR WARS関連の翻訳の仕事がきたら、まずそんな仕事こない可能性のほうが大きいですけど(笑)でも万が一そんな仕事がきたらできるのは私しかいないと思っています。そういう風に考えるのも楽しいですし。
次に、自分の向き不向きを見極めることだと思います。翻訳の勉強はすごく時間をかけてやらなければいけないので好きじゃないと続かないと思います。勉強しながら苦痛を感じたり、苦手な分野だと続かないですよね。
次に、YouTubeで海外のリアル番組をたくさん見るのもおすすめです。ついさっき放送された内容を見ることができるので今現在の英語に触れることができるだけじゃなく、その国の現状までも知ることができてそれが知識になっていくからです。DVD鑑賞も字幕を目で見て、音声を耳で聞くのでやはりお勧めですね。何十回と見るべきですが(笑)
最後に辞書で調べる癖をつけることです。自分の単語の引き出しを増やすためにもこの癖はつけるべきです。ひとつの単語をいつも同じ訳だしばかりするのはよくないかもしれませんね。納品した翻訳物の最終版を見ることもすごく勉強になります。私はこれを無料の添削、と呼んでいるのですが(笑)エージェントによって対応は違うかもしれませんが最終納品内容を自分で確認することは本当に大事だと思います。

編集後記
のっけから脱線ばかりのインタビューで(すいませんでした!)大笑いの連続でしたが(笑)ふと、「今は翻訳がない人生なんて考えられない」と言った一言が胸に刺さりました。仕事、プライベートにかかわらず「英語」という軸で全てを味わい、楽しんでいる様子がひしひしと伝わってきました。ご自分の夢を夢に終わらせず、目標に据えて確実に実行しているのにぜんぜん肩に力が入っていない穏やかな佇まいが本当に印象的でした。80's大会実現するぞ!(笑)



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