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翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

Vol.15 日本語から広がる世界

[プロフィール]
半田アマンダさん
Amanda Handa
オックスフォード大学英文科卒業後、1993年来日。英会話講師、オンサイト翻訳者を経て、2000年にフリーランス日英翻訳者として独立。言葉へのこだわりの高さから、訳文の評価は非常に高く、現在第一線で活躍中。

日本に興味を持ったきっかけは?
1991年にイギリスで開催されたJapan Festivalが全てのはじまりです。母と一緒にカメラを持って出かけたんです。日本と言えば「広島」しか知らない私が、その時見たもの全てに目を奪われました。とにかく驚きました。ところ狭く立ち並ぶ屋台の横には着物などの伝統工芸品、その隣には最新のIT機器が展示されていたんです。伝統と最新技術が共存する文化、こんなことが可能なんだろうかと、ショックを受けました。
興奮し、とにかくたくさん写真を撮ったのですが、巻き戻しに失敗したのか、その日撮った写真全てが一枚になって現像されたんです。何が写っているのかわからないぐらいの仕上がりでしたが、この写真そのものが、私の日本に対する強烈な印象を表しているように思いました。「これは、日本に行くしかない!」と直感的に感じました。
この時の写真は、数年前写真展を開催した時に、大きく引き伸ばして展示しました。
1993年に来日されたのですね。
あまりに急に決めたものですから、慌てた両親からは「どうしても行くなら、日本での仕事先を見つけてからにしなさい」と言われました。確かにそうですよね。隣のフランスに行くのとはわけが違います。日本というはるか遠くの地に突然娘が行くと言い出したわけですから(笑)。
ウィンザー城近くにある小さな村で育った私にとって、東京での生活は毎日が驚きの連続でした。今から考えると恥ずかしい失敗ばかりです。最初に住んだ場所が、茅場町で、周りに薬局やスーパーがなかったんですよ。シャンプー1つ買いに行けませんでした。外国人の友人には恥ずかしくて聞けず、英会話レッスンの時に大真面目な顔をして、'Where do you buy shampoo?'と聞いたこともあります。結局わからず仕舞いで、デパートで5千円のシャンプーを買った苦い思い出があります。これが、当時の私の日常だったんですよ。
どのようにして日本語を勉強されましたか?
お恥ずかしい話ですが、来日するまで全く勉強したことがありませんでした。来日後1年は英会話学校に勤めたので、教室内で日本語を話すことはなく、当時の友人も皆外国人でした。すごく不思議な環境でしたね。
生活環境が一転したのは、夫に出会ってからです。この出会いをきっかけに、日本語を勉強し始めました。彼はある程度英語が話せるんですが、彼の友人と話す時には、彼経由で話を伝えてもらうか、自分が日本語を話すしかないわけです。気がついたら、日本語のテキストを買いに走っていました。日本語ができないと、ここでは生きていけないと、焦燥感にかられたんです。独学で勉強し、自分の趣味などを切り口にして、積極的にコミュニケーションを取るようにしました。初めて聞いた言葉や、意味の分からない表現は、必ずその場で「どう書くんですか?」と尋ねるようにしました。恥ずかしがっている場合ではありませんでしたから。もし彼に出会わなければ、イギリスに帰っていたでしょうね。それまでは、日本語も日本人のことも理解できず、面白いことは一つもありませんでしたから。
フリーランスになったきっかけは?
来日して数年たった頃、オンサイト翻訳チェックの仕事に就きました。自分で言うのもなんですが、私は非常に訳文にこだわりを持っています。チェックをしていると、「これは一体何?」と言いたくなるような訳文がたくさんありました。翻訳で生計を立てている人の訳文なのに、どうしてこんなにクオリティが低いんだろうと目を疑いました。クライアントからクレームが入ることもありましたが、そりゃそうだろうという仕上がりばかりでした。訳文を直しているうちに、「もしかしたら、最初から訳した方が早いんじゃないの?」と思ったんです。
一体自分にどのくらい力があるのかやってみようと思い、少しずつ翻訳を始めました。約1年半後、社内翻訳と在宅翻訳をかけもちして様子を見た後、完全なフリーランスになりました。
翻訳をしていて、困ったことはありますか?
英語の表現にないような日本語に出会った時です。例えば、時候の挨拶。翻訳する時は、全て省きます。時々、「ここが訳されていないのですが」と言われることもあるんですが、「本日はお日柄もよく」といった表現は、英語にはありません。それから、「宜しくお願いします」、「お疲れ様です」、「担当者」といった表現。個人的には、日本特有の叙情的な言葉や、曖昧な表現が大好きなので、これがないと生きていけないと思いますが(笑)!
通訳者になろうと思ったことは?
通訳のようなことを頼まれたこともありましたが、言葉に対してのこだわりが強い分、瞬時に訳すことができないんですよ。性格的にも、原稿を読んで、完全に理解してから訳すタイプです。一通り読めば全体のイメージがつかめるので、日本語に引っ張られずに翻訳できるんです。直訳=生きた英語ではありません。ただ翻訳するのではなく、「英語に」したいんです。これだけは譲れません。もしかしたらこれが私の強みでもあるのかもしれません。
印象に残ったお仕事は?
楽しかったのは、『鉄腕アトム』のHP翻訳です。お陰で非常に詳しくなりました。手塚治虫の名前の由来をご存知ですか? これは日本語ならではの面白さですよね。例えば「たのしい」には、「楽しい」と「愉しい」があり、日本人には当たり前すぎることかもしれませんが、私にとっては、こういったこと一つ一つが興味深い発見です。
自分の翻訳ではなくとも、素晴らしい訳文に出会うとわくわくします。先日恵比寿で行われた展示会の英訳は本当に素晴らしかったです。展示会の作品対訳で、ここまで素晴らしいものに出会ったのは初めてかもしれません。
スキルアップのために、日々行っていることはありますか?
日本に来て12年になります。普段は日本語しか話さないので、逆に英語を勉強するようになりました。毎日、インターネットでBBCを聞いています。イギリス情勢を知るためですが、生きた英語表現を学びたいという気持ちもあるんです。
訳文チェックをしていた頃、日本に40年暮らしているネイティブの翻訳文を見る機会があったんです。びっくりしました。英語が、ネイティブレベルではなくなっているんですよ! ネイティブだと言われなければ、日本人の英訳かと思うぐらいでした。私自身も海外に暮らしているからといって、母国語の能力を落としたくはありません。
バイリンガル表記の雑誌を読むようにもしています。『家庭画報』のインターナショナル版があるのをご存知ですか? 素晴らしい雑誌です。全て英語で書かれているのですが、対訳がついている記事もあるので、非常に勉強になります。「なるほど、こう訳すのか」、「私だったらこう訳すな」と考えることも多く、私にとってのテキストのようなものですね。
ストレス発散方法は?
基本的に家にいるので、電話がかかってこなければ、誰とも一言も話さない日もあります。時間を忘れて翻訳に没頭してしまうと、トイレに行くことすら忘れることも......。気分転換のために、時々散歩に出かけるようにしています。
私は早起きなんですよ。夫婦揃って4時起きです(笑)。目覚まし時計も使いません。昔は朝が苦手で、母に怒られてばかりだったのですが、人間変わるものです。朝6時頃から仕事を始めて、6時間ぐらいぶっ通しで翻訳します。朝は集中力が高まるので、効率的ですね。午後になってペースが落ちてくると、友達と会ったり、買い物に出かけたりします。これはフリーランスの醍醐味ですよね。
ご趣味は?
料理です! 和食が一番得意なんですよ。日本に来たばかりの頃、『オレンジページ』がぼろぼろになるまで、毎日レシピを見て研究しました。豆が大好きで、大豆、豆腐、豆乳、納豆をよく食べます。週末は、パンやお菓子、ジャムを作るんですよ。
写真も好きです。撮り始めたのは、Japan Festivalがきっかけです。デジカメを常に持ち歩いています。被写体にするのは、「小さいもの」です。道端に咲いている小さい花や、ラーメン屋さんで見つけた小さな鳥居など、誰も気づかないようなものが好きです。
そうそう、趣味ではないかもしれませんが、人間観察は癖ですね(笑)。
今後のキャリアプランは?
英文科出身ということもありますが、将来的には文芸翻訳を手がけてみたいです。今は毎日納期に追われているので、一つの作品にじっくり取り組んでみたいですね。
今後もずっと日本に?
おそらくそうだと思います。結婚する前、自分の気持ちを確かめるために、一度イギリスに戻ったことがあるんですよ。彼との結婚は、日本と結婚するということなので、不安もあったんです。やっていけるのだろうかと。でも、今こうして日本にいます。家も購入したので、もうイギリスには戻れませんね!
個人的に、言葉が全てだと思っています。日本に来ても、英語しか話さない外国人はたくさんいます。もちろん英語だけで暮らしていくこともできますが、得られる情報が限定されてしまうと思うんです。日本語が話せることによって、一気に世界が広がります。言葉が理解できるようになると、人を理解できるようになります。私も今では、言葉や行動に込められている、日本人特有の曖昧な表現や、奥ゆかしさがわかるようになりました。日本とイギリスは、同じ島国で似ている部分も多く、余計に共感できるのかもしれませんね。
もし翻訳者になっていなかったら?
カフェのオーナーでしょうか。料理が好きなので、自分のお店をもてたら嬉しいです。こじんまりとしたお店がいいですね。これも将来の選択肢の一つに入れておきたいです。
写真家にもなりたいのですが、これだけで食べていくのは難しいでしょうね。

編集後記
「日本人より日本人らしい、と言われるのはいやなんです。私は誰よりもイギリス人ですから!」とユーモアたっぷりにお話し頂きました。半田さんの言葉へのこだわり、学ぶことへの積極性が素晴らしい訳文を生み出すのだと思います。
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Vol.14 様々な分野を経験すること

[プロフィール]
黒田幸世さん
Yukiyo Kuroda
高校時に1年間米国留学。東京外国語大学外国語学部英米語学科卒業後、CS/ケーブルテレビ放送局に翻訳要員兼コーディネーターとして入社。平成10年より、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は映像翻訳、出版翻訳、産業翻訳と様々な分野にて活躍中。

英語に興味を持ったきっかけは?
子供の頃、親に連れられて英会話教室に通っていたらしいのですが、あまり覚えていないんです。中学生の頃流行ったアメリカのポップミュージックや映画がきっかけで、英語に興味を持つようになりました。成績も、科目の中では英語が一番良かったですね。高校生の時には、1年間アメリカに留学しました。テレビで見るアメリカの家族やハイスクールライフに対する興味が強かったので、一度どういうところか見てみたいという気持ちがあったんですよ。当時の英語力は、中学3年間で勉強したテキストレベルなので、会話もままならず、事前に勉強していったヒアリングもあまり役には立ちませんでしたが、この経験は私にとって非常に貴重な財産です。
いつ頃から、語学を職業にしようと思われたのですか?
日本に戻ってから英語の勉強に熱が入るようになり、大学も英米語学科を選択しました。漠然と、何か英語を生かせるような仕事に就きたいと思っていましたが、それが何なのかは自分でもまだわかりませんでした。ふらりと立ち寄った就職科の張り紙を見て、目についた案件に応募したんです。翻訳要員募集って、何となく面白そうだなと思って。
ケーブルテレビ放送局でのお仕事内容は?
フリーランス翻訳者のコーディネーションと翻訳業務を兼務しました。何しろ未経験で映像翻訳のルールもわからず、最初は失敗ばかりでした。今はDVDの特典映像や、衛星放送番組など映像翻訳の需要も多いので、以前に比べると新しい人も入りやすい状況になりましたが、当時は経験豊富な方ばかりで狭き門でした。原稿も全て手書きでやっていたんですよ!
フリーランスになったきっかけは?
会社ではコーディネーターとしての作業もあったので、なかなか翻訳だけに集中できませんでした。土日など人がいない時に出勤して原稿を書いたこともありましたが、これなら家で集中してやったほうがいいなと思ったんです。インターネットが普及し始めた頃で、私も自宅のパソコン環境を整え、思い切ってフリーランスになることにしました。若かったので、不安や心配はありませんでした。何も考えていなかったのかもしれませんが(笑)。
実際フリーになって、大変なこともありましたが、待っているだけでなく、自分で仕事を探しにいかないといけないことがわかったからこそ、その分がんばれたのかなと思います。
出版、映像、産業翻訳と、様々な分野をご経験されていらっしゃいますね。
せっかくフリーになったので、分野問わずお仕事のお話があれば請けるようにしました。マーケットが広がって、映像翻訳の単価が全体的に下がったこと、最近は体力的に少しつらいこともあって、無理して大量に請けることはなくなりましたが。翌日の放送に間に合わせるために、夜中にテレビ局に行くこともあるので、次の日は使い物にならなくなってしまうんですよ(笑)。
出版翻訳を始めたのは、元出版社にいらしたコーディネーターの方との出会いがきっかけでした。リーディングをさせて頂き、何冊か出版に至った本もあります。生活を支えているという意味では、産業翻訳の仕事です。ご依頼頂く件数も一番多いと思います。
 それぞれに魅力とやりがいがあります。多くの方がご自分の専門を持っていらっしゃるので、私のようにあれもこれもという人は少ないかもしれませんが、いろんな分野を経験するのは決してマイナスにはならないと思います。それぞれ本当にたくさん学ぶところがありますから。
スキルアップのために心がけていることは?
PC環境の充実です。海外から依頼を請ける時、必ずといっていい程聞かれるのが、ソフトウェア環境の充実度です。TRADOSやPAGEMAKERは当然のように要求されますが、PCの設定は最新にしておくことが重要だと思っています。
それから日本語力。翻訳は日本語が全てです。もともと文章力がある方ではないので、もっともっと勉強しなければと思っています。
今後のキャリアプランは?
翻訳を続けます。今のスタイルが自分に一番合っている気がしますし。フリーになった時、ちょうどSOHOが話題になり始めた頃だったんですよ。会社通勤が苦手で、体力にも自信のない私にはぴったりでした。世界中どこにいてもパソコン1つで仕事ができます! 理想としては、海の近くに住んで仕事も生活ももっと充実させたいなと思っています。
これから翻訳者を目指す方へのメッセージをお願いします。
いろんなジャンルを経験してはどうでしょうか。得意だと思っていたものが、実はそうでなかったり、その逆もあると思うんです。実力世界なので、少しでもいろんな仕事を経験していると、プラスになります。最初は選り好みせず、来たものはどんどんチャレンジしてください! 
翻訳本

編集後記

映像、出版、産業翻訳と、様々な分野を手がけていらっしゃる黒田さん。これから翻訳者を目指す人へのメッセージは必見ですね!
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Vol.13 将来の夢は経済学者

[プロフィール]
クリストファー・フェリーさん
Christopher S. Ferree

高校在学時、日本語弁論大会優勝、初来日。University of Chicago卒業後再来日、愛知県の企業に勤務。米国会計法人勤務を経て、北京に住居を移し、現在はフリーランス翻訳者として活躍中。

日本語を勉強しようと思ったきっかけは?
高校3年時に転校したことです。ずっとフランス語を勉強していたので、そろそろ新しい言葉を学んでみたいと思ったんです。新しい学校では、いくつかの言語が選択できたので、日本語を選びました。将来のことを考えても、日本語ができると強いだろうと思ったことと、昔からテレビゲームが好きで、ゲーム=日本という意識がありました。一番面白そうな言語だなと思ったんです。
高校生の時に、初めて日本にいらっしゃったんですか。
はい、17歳の時です。日本語弁論大会で優勝した時に、日本行きの航空券を頂きました! 3ヶ月かけて日本各地を旅行し、ますます日本語に興味を持つようになりました。弁論大会で優勝したといっても、当時の語学力はまだまだ未熟でした。日本に行ったことで自分の能力不足を痛感し、もっともっと勉強が必要だと感じました。
その後も、ずっと日本語の勉強は続けていらっしゃったんですね。
大学では経済と数学を専攻しましたが、日本語の勉強も続けていました。1年生の夏休みには、ミドルベリー大学のサマープログラムに参加して、日本語の授業を受けました。3年生の夏休みには、自転車で東京-大阪間をまわったんですよ! 地方では方言に戸惑い、キャンプをしては警察に怒られましたが、忘れられない経験です。
翻訳者になろうと思ったきっかけは?
大学3年の時に、日本語能力試験1級に合格したことです。資格を取ったら、また何かに挑戦したくなったんです。翻訳はどうかなと思ったんですが、未経験者が簡単にできる仕事ではないと思い、なかなか足を踏み出せないでいました。そんな時、某エンターテイメント企業が、テレビゲームに詳しい翻訳者を募集しているという記事を、インターネットで見かけたんです! 子供の頃はゲームに夢中でしたし、これは面白そうだぞと思って、すぐにトライアルを受けました。今まで専門的に勉強をしたことはなかったんですが、テレビゲームと聞いて、もしかしたらこれならできるかもしれない、と(笑)。実際にやってみて、とっても楽しかったんです。RPGの翻訳は、ある種現実とはかけ離れていることもあり、想像力や意訳力が必要になってきます。とにかくおもしろかったですね!
大学卒業後は?
名古屋の企業に就職しました。アメリカで就職することも考えたんですが、当時は日本に長期間滞在したい気持ちの方が強くて。その後シカゴに戻り、タックスコンサルタントとして働きました。以前から、ゆくゆくは経済で博士号を取得したいと考えていたので、そのためにもいい経験になると思ったんです。クライアントには日系企業が多く、かなり日本語を使いました。
その後、北京へ移ったのは?
コンサルタント時代、自分の時間がなかなか持てませんでした。翻訳の仕事が中途半端になっていたこともあり、少し時間を作ってゆっくりしたいと思ったんです。住むならアジアがいいなと思っていたんですが、日本は物価も高いし、仕事を早く見つけないとなかなか暮らしていけないと思って中国を選びました。
北京在住のネイティブ英訳者という存在は、とても珍しいと思ったのですが。
よく言われます(笑)。翻訳はインターネット環境が整えば、場所は関係ありません。あとは時差の問題ぐらいです。ただ、中国語が全く話せない状態で行ったので最初は苦労しました。今では、日常会話ぐらいであれば、何とかなるのですが。
ご趣味は?
昔はよくゲームをやりましたが、今はそれほどでもありません。ウェイトリフティングが好きで、自宅近くのジムに通っています。
読書も好きです。日本の作家では、村上春樹や江國香織を読みます。最初は翻訳版を読んでいたんですが、最近は日本語で読むこともあります。
今後は?
来年米国の大学院に入る予定なんです。将来的にはアメリカの大学で研究をしたいと思っています。また日本に行くことができれば最高ですね。翻訳もがんばります!
これから日英翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。

頑張ってください! おそらく、翻訳者を目指す人は、言葉そのものを中心に勉強することが多くなりがちです。もちろんそれも大切ですが、自分の専門を持つことも重要です。半導体、ビジネスなど、何か専門分野を作ることです。プラクティカルな分野だと尚いいですね。私は大学で経済学と数学を勉強しましたが、翻訳にはあまり役立たなかったんです。経験者語る、ということで......(笑)。

編集後記
年齢を聞いてびっくりしました。「僕が米国に戻ったら、いつでも遊びに来てくださいね」とのことでしたが、その際は是非とも「通訳」をお願いします!
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Vol.12 翻訳中毒?

[プロフィール]
江口佳実さん
Yoshimi Eguchi
神戸大学文学部卒業後、株式会社高島屋勤務。2年の米国勤務を経験。1994年渡英、現地出版社とライター契約、取材・記事執筆・翻訳に携わる。1997年帰国、フリーランス翻訳者としての活動を始める。現在は翻訳者として活動する傍ら、出版翻訳オーディション選定業務、翻訳チェックも手がける。

英語に興味を持ったきっかけは?
母が自宅で英語塾を開いていたんですよ。Richard Scarryの絵本や、大きな辞書に囲まれて育ちました。中学1年生から、母の教室に生徒として通い始め、高校3年生までしごかれました(笑)。お陰で、学校では英語で苦労したことはありませんでした。
大学卒業後、語学の道に進もうとは思っていなかったようですが。
全く考えていませんでした。英検も「就職活動の時に何か資格を」と思って準一級を取ったぐらいでしたので。高島屋の社内研修制度に、米国店研修プログラムがあったんですよ。2年間、社費で海外にいけるなんてこれはいい! と思い、選抜試験を受けることにしました。全て会社負担なんて今では考えられないと思いませんか?
今までにも、旅行で海外に行ったことはありましたが、長期滞在したのはこれが初めてでした。最初の1年は語学学校で勉強し、翌年はNYの高島屋で働きました。
渡英がきっかけで翻訳者を目指すことに?
帰国後も、高島屋で働いていたんですが、夫がロンドン勤務になったんです。思い切って会社を辞め、夫と一緒にイギリスへ渡りました。
せっかく海外にいるのだから何かやろうと思い、学校に通い始めました。ちょうどこの頃なんですよ、翻訳をやってみようと思ったのは。どこにいてもできる仕事って何だろうと思ったときに、翻訳のことが思い浮かんだんです。通信教育で半年間勉強しました。当時は、今ほど翻訳コースの種類もなかったので、私が受けたのは、出版翻訳コースだったと記憶しています。
ライターとしても活動されていたと伺いましたが。
学校に通っていたといっても、夏休みなど長期休暇があるわけです。暇だなぁと思っていたところ、たまたま声をかけて頂いたのがきっかけで、英国在住日本人向けの日本語誌編集のお手伝いをさせて頂くことになりました。新聞から記事をいくつかピックアップして、日本語に要約するんです。大変だったのは、日本語の処理。単に日本語に訳すのではなく、日本語のスキルが要求されるわけです。新聞特有の表現も勉強させて頂き、非常に貴重な経験でした。
江口さんが考える、翻訳の面白さとは?
多分、普通の人よりも言葉に対する関心が強いのかもしれません。小学校の時に、毎日「お話帳」を書かされたんです。日記形式で、自分の思ったこと、感じたこと、その日起こったことを、1行でもいいから書いて先生に提出するんですが、書く訓練にもなるし、言葉への興味もこれで高まったのかなと。今は書くことを仕事にし、しかも外国語を別の言語に置き換えているわけですが、何時間机に向かっても全く苦にはなりません。とにかく「発見」の多い仕事です。自分が今まで知らなかったことを、翻訳を通して教えて頂いているような感じがするんです。何とも奥が深い仕事です。
ご専門は法律関係だとお伺いしましたが。
ロンドン滞在時、ロースクールに通っていたんですが、毎日が発見の連続でした。例えば、日本だと日本国憲法が、アメリカには合衆国憲法があるじゃないですか? イギリスには法典として文章になった憲法が存在しないんですよ。不思議ですよね! 法律も、1700年代に王立裁判所が○○という判決を下したから、それに従ってこうしましょうという具合です。根本的に国の作られ方が違うんですよ。目から鱗でした。ノルマンコンクエストからずっと繋がっているんですよね。これって本当にすごいことだと思います。
法律なんて勉強したことありませんでしたし、ロースクールに行こうと思ったのも、数字は得意じゃないし、金融もダメ、コンピュータでもない、機械でも化学でもないと考えた結果、法律にいきついただけなのですが。一歩踏み出すと世界が変わるものですね!
現在の1週間のスケジュールは?
毎日翻訳です。家事や子供との時間もあるので、空いた時間を見つけては細切れに翻訳しています。常に時間との戦いなので、「あぁ、もうだめ!」となったら、旅行に出かけます(笑)。自宅にいると、ついつい仕事を請けてしまうので。私の悪い癖なんですが、頼まれると断れないんですよ。高島屋時代に営業をやっていたこともあり、エージェントの「仕事を頂く大変さ」と、「外注する大変さ」がわかるんです。コーディネーターの方が、クライアントと私たちの間に入って、苦労していらっしゃるのが想像できてしまうんですよね。金曜の夜にお電話を頂いた時などは、「これを私が断ったら、この人はまた別の翻訳者を探さないといけないんだろうな」と思うと、断るに忍びなくて。結果、「あぁ、またやってしまった」とうなだれることになり、夫には「そんなこと言うんだったら、受けなきゃいいじゃん」と言われ、ここでまたバトルが始まるんですけれども(笑)。
ご趣味は?
最近ちょっと体力づくりをと思い、去年からテニスを始めました! 運動不足のせいか、とにかく肩こりがひどかったんです。見かねた友人に誘われ、テニススクールに入りました。始めてみると生活にメリハリもできるし、気分転換にもなっていいですね。
翻訳者を目指している方へのメッセージをお願いします。
日本語ありきです。日本人で、日本語を母国語としている方が、他言語から日本語へ翻訳する場合、基本は日本語です。実は、あるエージェントの出版翻訳オーディション選定委員をやっているのですが、応募作品を読む度に、目を疑いたくなるような日本語が多くて驚くことがあります。ですます調で書き始めているのに、いきなり、断定調になったかと思えば、べらんめい調になったり、動詞の使い方が間違っていたり......。普段何気なく話している言葉でも、いざ文章にして形にするとなると、大変な作業なんですよ。きちんとした日本語にして、第三者が読んでも英文のニュアンスを正確に伝えるような仕上がりにしなければならないんです。そのためには、日本語なんですよ。今は、ブログが流行っていますが、日常的に思ったことをちょっと書きとめる癖をつけるといいと思います。

編集後記

辛口で、スピード感ある江口さんのトークに、1時間笑いっぱなしでした。常に頭が高速回転しているようなイメージです!

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Vol.11 翻訳とは気持ちを伝えること

[プロフィール]

江本千恵子さん
Chieko Emoto
明治薬科大学卒業後、薬剤師として病院に勤務。その傍ら通訳学校で勉強を続け、1981年に通訳者としてプロジェクトに参加。1984年、出産をきっかけに在宅翻訳に転向。翻訳歴19年。英日翻訳を専門とし、IT、訴訟、メディカル、建築、途上国支援、出版関係など、幅広い分野において活躍中。日本語の読みやすさ、訳文の完成度の高さにおいては、クライアントから非常に高い評価を受けている。

もともと薬剤師だったと伺いましたが。
私自身すごく文系なんですが、父が外科医、母が薬剤師という環境に育ったので、自然に自分もそういう方向に進むのかなと思っていたんです。薬科大学に入り、卒業後は病院に入ったものの、何か違うなという思いが自分の中にあって。もともと人と話すことや語学が好きだったこともあり、昼間働いて夜は通訳学校に通うという生活をしばらく続けました。そのうち通訳の仕事を頂くようになったので、薬剤師の仕事は自然にストップしたという感じです。
英語はお得意だったようですが、通訳学校での勉強は新たなチャレンジでしたか?
大学が理科系だったのでブランクがあったとはいえ、まぁ大丈夫だろうと思っていたら甘かった! クラスで一番の劣等生でした。私自身、「ただ好き」という気持ちだけでこれまでやって来たので、できなくて当たり前、今できなかったら次にできるようになればいいという気持ちだったんです。先生に「横断歩道を渡るときも、お風呂に入るときも教材は手放さない」と聞いて、あぁそれくらいやらないといけないのか......と感じてはいましたが、果たして自分がそれだけやったのかと言われると怪しいですね(笑)。結局のところは、得意不得意ではなく好きか嫌いかなんだと思いますが。
通訳者から翻訳者への第二の転身は?
子供が産まれたのが一番の理由です。以前から子供は自分の手元に置いて育てたいと思っていました。通訳は出張もありますし、だんだんスケジュール管理が難しくなってきたので、一旦家に入ろうと決めたんです。在宅翻訳を始めたんですが、気が付いたら、ここまで来てしまいました(笑)。「これ一本で食べていく!」と考えていたわけではなく、何となくやってきた感じなんですが、当時からずっと続いている仕事もあって、本当に皆さんに育てて頂いたと思っています。損保会社のPL情報など、当時全く法務関係の知識がなかったにも関わらずお仕事を頂いて、今も息長くご依頼頂いているのは本当に有難いです。
ここから翻訳が生まれる
翻訳のやりがいは?
自分が考えている日本語と、原文の文章のイメージがぴったり合った時は嬉しいです。原文の内容が理解できても、ちょうどいい日本語が浮かばないときは苦しいんですが、それが分かると目の前が明るくなります。書き手の性格が自分と似ていると、巫女にでもなったように夢中になって翻訳している自分がいます(笑)。そういう時は、あぁ私ってこの仕事がほんとに好きなんだなぁと思う瞬間ですね。
翻訳の難しさとは?
翻訳するからには、きちんと人に伝わるものでないといけないと思っています。例えば翻訳された仕様書で、読んでいると全く頭に入らないものもあるんですよ。「伝える」という気持ちが欠けてしまったのかしら? と思うことがあります。私自身も、たまに主観的な文章になってしまうことがあるので、何度も読み返すようにしています。翻訳者は言葉のプロであって、必ずしもそれぞれの分野のプロではないと思うんです。例えば私がIT関係をやるからといって、ITに関する知識なら誰にも負けません、ということではないんですよ。「伝えたい」と思うことが大切なんだと思います。
心がけていることは何ですか。
私はいろんな意味で、職人タイプだと思います。常に書き手(読み手)を考えて翻訳します。書き手(読み手)に合わせて、どういう言葉を使うべきかを考えるんです。最後まで丹念に読まなくても、さーっと読んでも頭に入るような仕上がりを目指しています。もちろんモノにもよりますが、途中で最初に戻って読み返さないといけない翻訳はダメだと思うんです。読み飛ばしても、斜め読みしても内容が理解できるような翻訳、日本語として自然に読んで頂けるような完成物を目指しています。
江本さんの強みは?
一番は「この仕事が好き」ということです。
理科系の学校を出ていることもあり、理論的に考えることができることでしょうか。息子にはいつも否定されるんですが(笑)。例えば理科系の翻訳依頼が来ても、拒絶反応を起こすようなことはありません。
1週間のスケジュールは?
休みなく働いています(笑)。もちろん休むときには休みますが、それでも丸一日休むことはありません。こう言ってしまうと、まるで売れっ子みたいですが!
もともと人と話すのが好きなのに、一旦翻訳で自宅にこもってしまうと、次に人と会った時に距離のとり方が分からなくなるんです。人から誘われたらなるべく外出するようにしています。フリーなので、強制的に自分で休みを取らないと、永遠に仕事に追われているような気持ちになるんです。土日はやらない! と決めておけばいいんでしょうが、貧乏性というか、仕事を頂くとついつい受けてしまいますね。
ご趣味は?
料理です。翻訳していて集中力が途切れてくると、料理やアイロンがけをします。いい感じに気分転換できるんですよ。しばらくして再び机に向かうと、なんだこんな簡単なことが分からなかったのかと目の前が明るくなるときがあります。とにかく行き詰ったら、無理はしないで他のことをするようにしています。そのまま続けてもいい結果は出ませんので。
お仕事として請けるのは、英→日のみと伺いましたが。
はい、英日だけです。日英ができないわけではありませんが、英日翻訳だけでも極めていくのは大変なことなので、お金を頂戴しながら日英の仕事をするのは罪だわなんて思っています。自分の母国語ですら言葉の選択に迷うくらいですから(笑)。これは在宅翻訳を始めた頃から徹底しています。
「最近翻訳した本」
今後、通訳のお仕事を請ける可能性は?
もう怖くてできません(笑)! 翻訳だと見直せるし、考える時間がありますが、それを瞬間的に行うのは怖いですね。通訳学校で、「あなたは翻訳向きね」と先生に言われたことがあったんです。すごくショックで、あぁ私は通訳としてはダメなんだと思っていたら、「あなたは調べるのが苦じゃないでしょう?」と言われたんです。あぁそうだったのかと思って、今までずっとその言葉に励まされて来ました。変に完璧主義のようなところがあって、納得するまで調べないと気がすまないんです。通訳のように、瞬間的に訳していくとなると、詰まった時に頭が真っ白になってしまいそうで。そういう意味でも翻訳にシフトしてよかったのかもしれませんね。
翻訳者を目指す人へのアドバイスをお願いします。
継続は力なり、好きなら諦めないことです。何度挑戦してもトライアルに合格できない人は、「英文和訳の域を出ていない」からかもしれません。英文和訳から翻訳への分岐点は、日本語能力だと思います。縦のものを横にするのではなく、いったん頭の中でぐちゃぐちゃにして、浮かんだ情景を日本語で表現するんです。英語ができる方はたくさんいらっしゃいますが、翻訳者として生活するだけの仕事を得るには、日本語能力が必要です。自分の翻訳が絶対だとは思わず、客観視することも必要です。

編集後記

江本さんのご自宅にお邪魔しました。とってもチャーミングでエネルギッシュな方です! 理論的に考えることができるというくだりで、「全く理論的なんかじゃないじゃん!」との息子さんの指摘に、えへへと笑顔で答えていた江本さん、まるで恋人同士のようでとっても素敵でした。

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