HOME > 翻訳 > 翻訳者インタビュー > Vol.28 自己投資をして納得できる仕事を

翻訳者インタビュー 第一線でご活躍されている翻訳者の「仕事」「自分らしい生き方」
「プライベート」など、生の声をご紹介します。

Vol.28 自己投資をして納得できる仕事を

第 8回 藤本 倫子さん  Tomoko Fujimoto
今年4月に本格的に翻訳者の道を歩み始めた藤本さんにご登場いただきます。学生時代から翻訳に興味を持っていたという藤本さんが、十数年の時を経てアメリカで翻訳業を始めるまでのヒストリーを中心にお話をお聞きしました。これから翻訳者を目指すみなさんにきっと共感していただけるインタビューです。


プロフィール  藤本 倫子さん Tomoko Fujimoto

関西外国語大学卒業後、大阪の貿易会社でバイリンガルアシスタントを経験。アメリカ人のご主人と結婚後、1998年オレゴン州に移住。地元企業やオレゴン大学でのアドミニストレーション業務に従事。2007年アーカンソー州に転居。4月フリーランス翻訳業を開始。


Q. 語学に興味をもったきっかけは?
小学校4年生のときに自宅から歩いて30秒くらいのところに英語塾ができて、近所の子供たちがみんな行っているからと母に勧められ、週1回通うことになりました。ここではABCの書き取りや簡単な単語のスペルなどを習い、おかげで中学に入ってからの英語の授業は楽でした。理数系が駄目だった分、英語は得意科目だと思いこんでしまいました。その流れで高校は英語教育が盛んな私学を選んだのですが、そこでは英語ができる子がたくさんいて、自分の英語力は大したことはなかったんだとちょっと落ち込みました。将来的に英語を使った仕事をしたいと思っていたので、大学では「ちゃんと英語が話せるようになること」を目標に実践的に英語を学べる学科に進学しました。米国の大学との交換留学制度があるのは知っていましたが留学先を選べないシステムで、アメリカよりもイギリスが好きだったこともあり、結局留学をすることはありませんでした。
Q. 将来の仕事として翻訳業を考えていた?
はい、英語を使った仕事の一つとして翻訳に興味を持っていました。大学の時に文芸翻訳の講座に通ったこともありますがとても難しいと感じました。グループで集まって順番に訳文を発表していくのですが、自分の訳文を発表するのがだんだん苦痛になってしまって...。クラスの他の方が上手ですし、年齢も上の方が多く、なんだかその雰囲気に圧倒されてしまったというか、自分のできなさを感じてしまいました。この時には翻訳を仕事にするのは無理だと思い、貿易会社で英文事務の仕事をしようと考えました。大学では船荷書類の作成など実践的な授業があり、もし将来翻訳の仕事ができるようになった時に貿易の仕組みなど知っていたら便利かな...とも考えて受講しました。
Q. 最初の就職は?
食器の輸入会社に無事就職し、ここでバイリンガルアシスタントとしてコレポン作成や書類のチェックなどをしたほか、簡単な翻訳作業もありました。その中で、自分が担当する輸入元から送られてきた食器のカタログを国内でのセールス用に翻訳するという業務があり、これがすごく楽しかったんです。個人的に食器が好きでしたし、こういう風に言ったら売れるのでは、といった感じでビジネスに貢献できるように考えて翻訳作業をすることにはやりがいがありました。でも、仕事自体はあまり忙しくなくて、上司がいないと若い女の子3人でお話しているようなのんびりしたOL生活でした。また、ここでは輸入元のメーカー店主が来日の際には通訳をしなければならず、会議で逐次通訳をすることがありました。通訳の勉強はしたことがなかったのですが、要点は納期と値段の交渉だと思い、それだけはしっかり伝わるようにと心がけました。実際、この経験で通訳業の大変さを思い知らされました。この会社で3年勤めた後、念願のイギリスに短期留学をして、また日本に戻り、今度は船積会社でバイリンガルアシスタントの仕事につきました。
Q. その後アメリカで暮らすことになったのですね?
結婚がきっかけです。アメリカ人の夫は当時JETプログラムを通じ大阪の高校で英語を教えていました。私の会社の同僚の女性がやはりJETで来ていたアメリカ人男性と交際していたので、その男性のご両親がNYから来て友人みんなも呼んで一緒に焼肉を食べようという話になったとき、私も誘われました。せっかく焼肉をおごってもらえるし、また会議で通訳をする予定があったので、ネイティブと話してスピーキングの練習もせなあかんということで(笑)。そこでその男性に誘われて来ていた夫と知り合いになりました。夫は大学院に進んで日本の戦国史を学ぶつもりでいたので、その前に日本語の習得を目的に日本に来ていたようです。付き合いが始まって2年くらいが経ったときに主人のプログラム期間が終了して、オレゴン大学の修士課程に進むことになりました。その時に一緒にアメリカに来ないかと言われまして...。また学生に戻る人との結婚は正直どうなるのかなと不安でしたが、まあ2年間ならなんとかなるかなと思いました。嫌いじゃないので別れる理由もありませんし!その後主人が博士課程まで進むとは思っていませんでした。
渡米後、自分が働かなくてはと思い仕事を探しましたが、推薦状もないですし、アメリカでの就業経験もないので仕事はなかなか見つからず、面接にも呼んでもらえないような状況でした。本当は主人が通うオレゴン大学の事務のポジションを希望していたのですが、この仕事は福利厚生がいいので人気があり、まずは取ってもらえるところならどこでもいいと。ようやく地元のある会社で事務職が見つかりました。スタッフもいい方ばかりで、仕事もそれほど忙しくなくとてもよい環境でした。ただ、日本ではできているつもりだった英会話は当然レベルが違い、周囲のしゃべるスピードが速くて頭が痛くなることがしょっちゅうでした。特に日本とのビジネスはなく翻訳の機会もありませんでしたが、ネイティブに囲まれる中で英語力は伸びました。この会社に2年ほど勤めた後、希望だったオレゴン大学の事務職で採用されることが決まりました。現在住んでいるアーカンソー州に移るまで約7年間オフィススペシャリストとして学籍課で働きました。ここでも翻訳にかかわる仕事はほとんどありませんでした。
Q. 翻訳業へのシフトはどのように?
去年の夏に主人が博士課程を修了し、アーカンソー中央大学で教えることになりまして、アーカンソー州に引っ越してきました。最初はこの大学で事務職に就こうかと思いましたが、オレゴンと比べてお給料や保険などの待遇はかなり下がり、同じような仕事でも環境が違うことに気付きました。就職の面接に呼ばれましたが、待遇の悪さに正直がっかりし、もう受からなくてもいいかも、と消極的なことまで考える始末で...。今後主人が教鞭をとる大学が変わればまた引っ越す可能性もありましたし、働き方をあらためて考えるようになりました。
ある日Yahoo!(英語版)ニュースを見ていたら、「やりたくない仕事を続けていると、性格まで皮肉になってしまう。自己投資をして好きな仕事を手にいれ、もっとHAPPYに人生を送ろう」というヘッドラインが目に留まりました(そのヘッドラインをクリックすると「もうかる仕事」のランキングといった内容で、特に翻訳業には触れられていなかったのですが)。この言葉が自分の心にとても響いて、ずっと働き続けるつもりなら自己投資してでも納得できる仕事を探したほうが良いのでは、と。これまでは主人が学生で私が働いて家計を助けていたので、次は私の番だと思いました。
Q. 「納得できる仕事」が翻訳業になるのですね。
はい。翻訳でしたら主人がどこに移ってもできる仕事ですし、遡れば学生の頃から興味を抱いていたことなので、「やりたくない仕事で性格まで皮肉になる」こともないですし、いつか安定した収入が得られるようになればいいなと。十数年越しに自分がしたかったことの第一歩を踏み出せた感じです。投資としては、現在日本の翻訳学校の通信講座を受講しています。大学生の時に通った翻訳講座では英語自体も良く分かっていなかったのですが、今は英語の問題というよりもぴったりくる日本語表現を見つけていくことに難しさを感じています。
在宅翻訳者になろうと思い立ってからインターネットを中心に情報を集め始めました。テンナインのことはそんな時に"ハイ・キャリア"を通じて知りました。それまでは仕事をもらう前に翻訳トライアルを受けないといけないということさえも知らない状態でした。また、翻訳関連の情報誌を買い、エージェント情報の欄を見ていたのですが、テンナイン・コミュニケーションという会社は「一緒にチャレンジしたいという意欲的な通訳者・翻訳者を求めている」と書いてあったことがとても印象に残って、この会社は完璧な方だけを採用するのではないんだ、一緒に上を目指すやる気がある人も募集しているのだと思い、応募することに決めました。
無事翻訳トライアルにも合格して、お仕事をいただくことができましたが、実はその雑誌には、トライアルに合格してもすぐに仕事が依頼されることは少ない、といった記事もあったので、最初にお仕事をいただいた時には嬉しかったですね。
Q. フリーランス翻訳者の第一歩を踏み出して、今後の展望は?
まずはいただいた仕事をきちんとこなして、徐々に仕事が増えていくように努力したいと思います。当面の目標は、同じクライアント様からリピートをいただけるように、質の高さをキープしていくことです。私自身にとっても用語や知識の蓄積になりますし、まずはここから目指そうと思っています。まだ翻訳業を開始して日が浅いですので、納品ごとに「これで良かったのだろうか...」と完全に安心することはありません。先日自分が翻訳した記事がお客様のHPに掲載されているのを見て、自分の仕事が形になっていることに喜びを感じました。
今5歳の娘の子育てをしていますので、在宅で仕事ができることはありがたい選択肢です。そのうち、どんどん仕事が増えてきて、子育てに支障があるのでは?と心配になるくらい仕事のオファーをいただけるようになりたいと思います。
Q. 新しい環境での生活と新しい仕事が始まったわけですね。
西海岸で約9年暮らしていたので、南部の雰囲気にあまり馴染めず、英語もイントネーションや発音など違うところもあって、これまではアーカンソーに居心地の良さを感じてはいませんでした。でも在宅で仕事ができるようになって、自分の居場所ができたような気がしています。娘にとっては私が外に働きに行くことが今までは当然だったので、最近は家にいる私に甘えてくるようになっています。「仕事中は静かに遊んでいてくれたら、ママは外に働きに行かなくてもいいんだよ」と話すと、静かにして協力してくれますので助かっています。
また、周辺に良いレストランがないこともあり、夫婦で手作り料理にはまっているのですが、スープストックを作ったり、ナンを焼いたり、下ごしらえに時間がかかることが家で仕事をしているとできますので、小さな幸せを感じます。家事や子育てとの両立という点では今のスタイルはとてもいいと思います。
きっと日本にいたら英語を使う仕事の選択肢がたくさんあるのだと思いますが、アメリカでも大都市以外では、日本語を生かせる仕事となると、その数が限られていると思います。日本語を教える仕事や日本とのビジネスをしている企業なども場所や数に限りがあるでしょう。きっとどんなに英語が上達しても母国語である日本語を生かせない仕事よりは、自分の能力を生かしてできる仕事をしたいな、と。今まではそうできなかったことで感じていたストレスがあったのかなと思いました。先ほどお話したYahoo!ニュースのヘッドラインが、すっと自分の心に入ってきたときが、ある意味転機だったのかもしれません。

編集後記
奈良のご実家に帰省中の藤本さんがお母様・お譲ちゃんと東京に旅行されると耳にし、インタビューにご協力いただきました。テンナインがフリーランス翻訳業のスタートという藤本さん、テンナインの成長とともに藤本さんのキャリアも高まっていくよう、一緒に頑張っていきましょう! 一緒にオフィスに来ていただいたお母様、彩紗ちゃんもありがとうございました。3人の家族写真、とっても素敵です。



翻訳者インタビュー


↑Page Top